ID 1222
登録日   2006年 6月20日 ddd タイトル
タイトル
「周桜」に息づく中日の友情
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新聞名
新聞名 中華人民共和国大使館
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元URL.
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/xwdt/t258985.htm
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元urltop:
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写真:
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東京都八王寺の創価大学には、「周桜」と呼ばれる桜がある。これは、故周恩来総理を記念するために植えられたものである。   1960年代、中国と日本の間にはまだ正式な国交がなく、周恩来総理は、両国関係の正常化のために努力を惜しまなかった。   中日国交回復後の1974年12月5日の夜、周総理は病気を押して、2度目の訪中をしていた池田大作氏と会見した。
 会談の中で周総理は、「50年前、桜が満開のとき私は日本を離れました」と昔を振り返った。それに対して池田氏は、「桜が満開のとき、かつて住んでいらっしゃった所を再びお訪ねください」と言うと、周総理はこう答え た。「そうありたいのですが、おそらく実現は難しいでしょう」 「周桜」の下で書道を披露する、川尻恵美さんと阿納敦さん 会談は30分ほどの短いものだったが、周総理の中日友好に対する熱意は、池田大作氏にとって一生忘れることのできないものになった。当時は、中日両国が国交を回復したばかりで、人々はどのように両国間の交流を 進めていけばよいか分からなかった。
 中日両国の努力で、1975年、中国で最初の国費留学生6人が創価大学に留学した。池田氏は周総理を偲ぶ気持ちと中日友好の象徴として、中国の留学生たちに桜の植樹と、その桜に「周桜」と名づけることを提案した 。
満開の桜のキャンパス  1976年1月、周総理は亡くなった。そして創価大学の「周桜」は、周総理を永遠に偲ぶ象徴になった。
   1979年4月7日、周総理の生前の願いを実現するため、周総理の夫人、障ナ穎超さんが日本を訪問した。池田氏はその訪問にあわせて、「周恩来桜」「障ナ穎超桜」を植え、それらを「周夫婦桜」と名づけた。今でも「周桜 」と「周夫婦桜」は、創価大学のキャンパスで咲き続けている。
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